ひいろのゲーム帳

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[ペーパークラフト]1航戦、空母「赤城」のペーパークラフト

   

 山盛りご飯、バケツ、何でも食べる等大飯喰らいのイメージがしっかりと固着した空母赤城です。

 赤城山、榛名山、妙義山と上毛三山の一角を担う山から名前が取られた空母。
 徳川埋蔵金でも有名。

 「裾野は、長し赤城山」のフレーズを知らない群馬県人は、偽者、もぐりという位有名なフレーズになるほど群馬県では、親しまれています。

 小学校等での検尿の袋の名前の書き方の例に「赤城太郎」、「赤城花子」が使用されていたのでこの名前も有名です。ただ、近年差別的だとかなんだとかで使用されなくなったとか噂を聞きました。

 ちなみに「あかぎやま」、「あかぎさん」両方の読み方があります。
 どちらでも良いのですが群馬県内の地域毎に「やま」だったり「さん」だったりとある程度は、固まっているようです。
 大吟醸「赤城山」がフリガナをふってないのは、どちらの読みも正しいからだとかなんとか。

 さて、空母なのになんで山の名前?
 旧海軍の命名規則だとおかしくない?
 
 赤城は、元々八八艦隊計画で建造を予定された巡洋戦艦だった為赤城という名前が付いたのですがワシントン条約により廃艦にせねばならない所を当時は、補助艦と位置づけられていた空母に改装する事で生きながらえた為そのまま巡洋戦艦の名前が残りました。

 当初は、3段甲板というとても特異な空母で一番上が発着艦、真ん中が発艦、最下段は、・・・用途が無かったみたい。
 でも、実際は、一番上の甲板しか使用できなかったようです。
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排煙によるこの黒煙の中の離発艦は、きつかったでしょうね。
石炭だからかな?

 真ん中の甲板には、巡洋戦艦の血を引いているからなのか何故か20cm砲塔があったり天井がある甲板からの発艦は、かなりの操縦技術が必要だったようで使用は、ほぼ無理だったみたいです。
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「航空機を放って突撃、これからは、巡洋戦艦空母の時代だな」という感じでしょうか? 


 そして艦これプレイヤーには、同じみ近代化改修が行なわれます。
改修前
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改修後
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 3段式から全通甲板に変更されました。

 良く見られる空母赤城の姿は、この改修後の物が多いです。

 日本の空母の面白いところの一つは、艦橋が左と右についている艦があることでしょう。
 檜山良明の仮想戦記小説だと右、左が交互に並ぶと発光信号、手旗、旗旒信号等が見やすいからとなっていました。

 本当か?

 現在のアメリカが誇る空母は、皆右側に統一されています。
 この辺りは、諸説あるみたいで甲板に並んだ航空機のプロペラの気流で排煙が吸い込まれ前を遮って発艦時に視界が悪くなるからとか右利きが多いから右に指揮所を置くとかその他色々あってどれが正解か当方は、解りません。
 気流の乱れが問題になって空母飛龍だったか蒼龍だったかの艦橋を左から右に移したとかなんとかなにかで読んだ気がしますがどうだったかな?

 まぁそんなこんなで名実共に加賀と並んで日本海軍の主力空母だった赤城。

 先生がサボル為に時間が無いからとか言って飛ばされる一番大事な近代、現代部分を自分で日本史の教科書を読んだ人は、知っていると思いますが最後は、ミッドウェイで撃沈されます。

 映画の「連合艦隊」だったか「大日本帝国」だったかで見た「敵機直上より急降下!!」というセリフの後艦橋に居る人たちがみんな一斉に上を見上げるシーンは、覚えています。

 艦橋に天井あるのに見えないから意味無いよなぁ・・・とか。それだけの緊迫感を伝える為の演出なのか?極度の緊張下にある人間の共通心理なのか?どうなんでしょ。

 まぁ、実際赤城の艦橋でそのような報告があったのかどうか解りません。
 3万トンの大型艦が直ぐに逃げられるものでは、無いのでバカスカ爆弾を受けます。
 
 ミッドウェイのアメリカ軍の基地や滑走路を攻撃する為に陸上攻撃用の爆弾を航空機が搭載してこれから発艦しますという段階で攻撃を受けた為甲板や格納庫には、爆弾や魚雷がゴロゴロ転がっていた。
 で、爆撃された時にその爆弾が誘爆した為に轟沈だったという事です。

 ただ、当時の空母は、皆飛行甲板が最上甲板だったのですがこの甲板、実の所何の防護処置もありませんでしたので爆弾が転がって無くても結果は、同じだったでしょうね。
 索敵が大事とか当然の話です。「カタパルトが不調だと!?」とか笑い話にもなりません。

 元が巡洋戦艦なので喫水線の下の防御力は、過剰でしたが飛行甲板は、薄い鉄板の上に滑らないように木の板が張られていただけです。
 改装の際にある程度の防護処置を施すという話も出たようですが赤城の艦体をみてわかるように巡洋戦艦の上に無理やり柱を立てて飛行甲板を載っけているという外見なので上が重すぎてあれ以上重くすると回頭時に転覆する恐れが有った為やらなかったと言うことです。 

 この戦訓を生かして装甲空母と言える大鳳などは、飛行甲板にガッチガチの装甲を張り巡らすのですが・・・
 まぁ、あっちは、ガソリン臭いお漏らし艦だから。

 赤城、加賀、蒼龍、飛龍と4隻の主力空母を失って、というより高度な訓練と多大な経験を持っていた整備員やパイロットをほとんど失った事が最大の要因だと思いますがその後日本海軍の艦上航空隊の錬度が戻ることは、無かったのです。
 当方の祖父の弟も飛龍と共に沈んだという事で血縁者の中では、誇る者と口を噤む者両方です。
 誇る者は、連合艦隊の主力に居たと言う事が当時それだけ多大なステータスになっていたという事。
 口を噤む者は、軍隊経験者の人達が多かったので複雑な心境があるのでしょう。
 ポヤヤ~~ンと戦後を生きている当方には、慮る事は、難しいです。

 そんな空母赤城のペーパークラフトが有ったので紹介します。

紙模型工房「空母赤城
 商用ペーパークラフトを作成している人のサイトにあるサンプルなのでかなりデラックスです。
 でも、簡単に作成できそう。無料ダウンロードです。
座礁した空母赤城?
 いえ、違います。リンク先をいくつか見てください。結構面白いです。映画用のセット。長門のハリボテや建造する為の実図面とか面白いです。黒澤明って人も写ってるからそいう映画なのでしょう。
Wikipedia「赤城 (空母)
 赤城の歴史等。
正規空母「赤城」昭和9年9月~10年(1/700 ハセガワ)
 模型と合成写真ですけどカラーなので外観が良くわかりやすいです。改装前と後両方あります。非常に良く出来てます。

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